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母と私

2013-10-04

少し前、実家の母が55歳の誕生日を迎えた。とても元気に居酒屋で働いている。見た目もどちらかと言うと若く見られる事が多い。(若作り?笑)

母もパニック症と躁鬱病を患っていた。20年程前、妹を授かった時から、その兆候が出始めた気がする。当時、私は10歳。当時の私は母が怖かった。怒り出すと歯止めがきかない様になるから。病気になった母は更に近寄り難い存在になっていった。

母は父の実家に嫁に入る形で結婚した。祖父は私が産まれるとすぐに他界してしまった。祖母は近所でも有名な程の気難しい性格。嫁姑の関係はすぐに最悪になった。私は、毎日の様に、互いから互いの悪口を聞かされた。そのうちに、どちらの話も無視をするようになった。

妹が産まれた後も、母の症状は良くならなかった。毎週、父に連れられて精神科に通っていた。すでに中学生になっていた私は、そんな母が恥ずかしかった。1人では何も出来ない母を軽蔑もしていた。

妹も私も手がかからなくなり、祖母も歳を取り少しづつ弱くなっていき、母も大分、明るくなっていった。今では、少しうるさい位に元気だ。

当時の母と同じ歳の頃に同じ症状になり、あの頃の母の事を考える。パニック症というものがどんな病なのかも知られていなかった。1番に理解し、支えてあげなきゃいけない家族に突き放され、出産をし育児をしなければならない。自営の仕事も手伝わなきゃいけない。それに加えて、気難しい姑の存在。家族と一緒に居たのに、すごく孤独だったと思う。今なら、その気持ちが痛い程分かる。遅くてごめん。本当にごめんね。

今年の誕生日はプレゼントと一緒に、今の思いを手紙にして贈った。
1番辛かった時に、病気の事を理解しようともしなくてごめんね。そして、今、私の事を心配し気遣ってくれて有難う。
手紙を書きながら、涙が溢れて止まらなかった。紙を濡らさないようにするのが大変だった💦

後日、母から電話が有った。照れ屋で不器用な母は「ありがとう。」と、一言言うと、後は全く関係のない話をして、電話を切った。「あ〜、私たちって似たもの親子なんだな〜」と、その時に強く感じた。自分の中の棘の様なものが、一つとれた様な気がした。

今まで何もしてこなかった分、これからは出来る限りの親孝行をしていこうとおもった。

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No title

あちょさん、こんにちは。あちょさんのブログをホームページと私のブログにリンクさせていただいてもいいでしょうか?

あちょさんのブログが少しでも多くの方にも見ていただけたらと思います。

>けんちゃん

うわーありがとうございます(^O^)
嬉しいです‼

私のブログにもけんちゃんさんのブログのリンクを貼らせて頂いて良いでしょうか?💦

No title

はい。リンクさせていただきますね。私のブログも全然OKです。

>けんちゃん

ありがとうございます(^O^)
私の方も早速、リンクを貼らせて頂きますm(__)m
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